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2015.09.14 Monday

フクシマ、原発、そして・・・今 アーサー・ビナード&おしどりマコケンの講演 その2

動画の続きです。











全てを連続再生できる再生リスト化もしました。こちらですよ。


この度の講演は、ふらのチャランケの会が主催してくださいました。

チャランケとは
(weblio辞書より)

「ちゃんと話し合おうぜい」という事。ほんと、良い言葉ですね。
2015.09.13 Sunday

フクシマ、原発、そして・・・今 アーサー・ビナード&おしどりマコケンの講演 その1

ご無沙汰です。

こちらの講演を観に行ってまいりました。


感じたのは・・・何はともあれ深刻な事でもユーモアを交えて話すことで聴きやすい!!

「深刻なことを面白おかしく話すなんて不謹慎だ」なんていう気分でいたら気持ちが滅入っちゃうよね。

その辺、ランキンタクシーはすげーよなーと思っていたんだけど


おしどりマコケンさんも凄かった。アーサー・ビナード氏も凄かった。

話は聴いてもらわにゃ始まらんものね。

そして、せっかくなので主催者・おしどりマコケンさん・アーサー・ビナード氏に許可を得てYou Tube動画にしました。面白いから良かったら見て、ね。









まだ全部編集終わっていないので続きは後日でっす。
2015.08.06 Thursday

AKOちゃん紙芝居


左からワタクシメ、専務ちゃん、AKOちゃんであります。

Facebookではちょっと宣伝したんだけど、昨晩AKOちゃん紙芝居会を我が家で開催いたしました。
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夕方開場。
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22年間旅を続け、愛について説き続ける旅人のAKOちゃんのお話のはじまり。
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音更町、芽室町、新得町、富良野市、もちろんここ占冠村の人々と20数名の方々が集まりました。

今現在、僕らの住む世界には表があり、そして裏がある。清浄に見え、よく観るとその清浄さの土台は搾取により声にならない悲鳴であったりする。

利用されるのは人々の善意であり、その事が自分たちの首を絞めているなどとは想像もつかない。

社会は厳しくて当たり前であり、勝ち組と負け組にカテゴライズされる競争原理によって動く。従順に、従順に、従順に・・・自己主張も自己顕示もいらない。考えてはいけない。受け入れるしか選択肢がない・・・。

「そんな事、ないよ」
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小さな気づきの種をばらまくAKOちゃんのお話は夜が更けるまで続きました。

どうもありがとうございました。


 
2012.11.04 Sunday

便利の副作用

一年程前は原発事故に対してたくさん書きました。最近は書きません。しかし関心が薄れたわけではありません。今でも一日一時間以上は原発関連の記事を探して読みあさる日々です。秀逸な記事、たくさんあります。しかしあまり多くの人は読んでいないようです。僕の周囲の人はみんな全然知りませんもの。僕なんか超マニアかキチガイみたいな感じ。

そしてそのような秀逸な記事でさえ読まれないような状況で僕が記事を書いてもほぼ無力。

しかも書くと売り上げ減に直結するのです!!これほんと。

生活にまでのしかかり、これ以上とんがっていては本体が折れてしまうぞ、と。

なのでこの度は視点を広角にしてマイルドコラムです。本質は同じです。ではどんぞ。



「10年前と比べて便利な世の中になったなー」

なんて言葉、よく耳にするし僕も言ってしまう。

どうやら世の中は便利さを追求し、より便利な方向性に向かうもんなのだ。ここ近年ではスマートフォンなんかが目覚しい便利品。

では

「10年前と比べて幸せな世の中になったなー」

という言葉、よく耳にし自分でも言ってしまうか?僕や僕の周りでは言わんね。

なのであえて比較しちゃうと必ずしも

便利≠幸福

ではないというわけだ。

じゃあ便利ってじゃあ何なんざんしょ。

便利とはエネルギー消費を拡大させることによって手に入れられる恩恵ではないでしょうか。

としたらば僕が生まれた1980年にフンデルトヴァッサー氏が行ったスピーチの中に解が見受けられる。

「(前略)人間は、幸せであるために表面的な豊かさは必要ありません。必要なのは、内面的な精神の豊かさです。人間は、幸せであるために機械的なエネルギーは必要ありません。必要なのは、創造的なエネルギーです。今日の人類は、これまで地球に存在していた中で最も危険な害虫です。人間は、生態系からかけ離れた害虫となってしまいました。

(中略)中央でエネルギーを統括すれば、人間にとって必要以上の自動化が進みます。結果は失業です。核エネルギーは経済の破滅です。わずか1パーセントのエネルギーが、自然と人類の破滅との危険なバランスの上に成り立っています。そしてそのような危険なバランスを保とうとすることが、失業や、常に死の危険と隣り合わせの生活、迫りくる汚染や人権の損失、ふるさとの喪失よりも比重が重いというのでしょうか。

(中略)一本の木を倒すのに、5分とかかりません。しかし、一本の木が生長するのには50年かかります。(...)自然の法則に関する知識を伴った創造的な精神のみが、私たちが辿ってきた状況を生態的に克服することができるのです。工業的な発展の考えでは、とうてい無理です。いわゆる発展は、破滅への歩みとなってしまったからです。生き延びるためには、手を引くしかないのです

〈引用:木下黄太のブログ 【大阪・ガレキ阻止】反原発でも著名な芸術家フンデルトヴァッサー氏作品の舞洲工場で焼却という愚挙 より〉


便利そのものを否定しませんが、ある種の便利には副作用があるという側面を無視して享受し続けりゃ破滅加速装置みたいなもんじゃい、って思いませんか?

エネルギーの拡大、機械化の拡大、便利の拡大によって人間は労働から解放され余暇のような人生を過ごせると思い描いたんじゃなかったけ。

夢のエネルギー原子力の『夢』の部分のことだよ。

ところが「人間にとって必要以上の自動化が進みます。結果は失業です」とはさもありなん。機械に仕事取られ、給与、雇用削減。人間は余暇のような人生を過ごすどころか首をくくるのですよ。

世界中みんなが豊かな生活を享受でき、愛し合い、認め合い宗教戦争もエネルギー戦争もなくなる。平等に学を得て共栄共存の発展を喜び分かち合う。

なんつー『夢』も含まれるわな。

しかし「汚染や人権の損失、ふるさとの喪失」なんて目下現在進行形の事態を招いた。

経済・工業的発展を目指せば時に人間が生きるための環境まで壊してしまう事を容認する。そしてそれを仕方なしとし、目を逸らすことを暗黙の了解する

結果的に誰しも潜在意識で生命の危機を感じているからどんなに便利な世の中になっても幸せを感じ得ない。

これが現行の便利≠幸福じゃないかな。

進めば進むほど便利、贅沢になることを知っているのと同時に次の一歩が断崖絶壁に落ちる一歩なのかもしれないという事を知っている。

金を生むために作られた擬似的飢餓感に与えられれば毒でも皿でも喰らう。擬似的喉の渇きに流行っていると言われればサボテンにでも飛びつきストローを突っ込み啜る。

10年前より便利になったのだろう。
20年前よりすごく便利になったのだろう。
30年前より超便利になったのだろう。


なのになんで今でもそんなにギラついてんのさ?

抱え込んでいる便利の一部でも突然失ったらと考えたら不安になる心境ではなかろうか?それなら骨の髄までしゃぶられてるね。無けりゃ無くて良かったものが無きゃ駄目になってしまうならそりゃ麻薬だね。ジャンキーにされたね。

という恐怖が僕には二十代前半にありまして僕は海外で一年間テント生活という修練の旅に出たのですよ。
〈参考:ぶらぶらINニュージーランド(記事はずっと書きかけ。すまぬ)〉

ある種の便利さは即効性の幸福を与え、持続性の不安を残してくれる。

じゃあ逆に不便さは・・・辛いんだが副効用として「楽しい」のだ。乗り越えた後に達成感と幸福感を内側より溢れさせてくれるだろう。

だからキャンプとか楽しいのでしょ。きっと。


ま、全て一概に言えやしないんだ。要点はそのような側面があるという点なのでそれいいのだ。そんなもんだから自分で考えて自分で決めりゃいい

僕は携帯電話は6年前にやめた。便利さと『煩わしさ』を天秤にかけてやめた。。

最近は電子レンジをやめた。便利さと『電磁波』を天秤に。さらに蒸籠を買ったら手間だが断然美味しいのでやめた。

なによりVOCKとは僕がプラスチックホールドより木のホールドの方が良いと思ったから木製ホールド作家になったので生まれたんだよ。

便利とはあればあるだけ貪っていいほど安全なもんじゃないって事だな。多角的に見て安全な便利なのか危険な便利なのか見極める必要がある。また全体のバランスをよく見て取り扱わなきゃならない。毒でもあり薬でもあると。

例えばさ、みんなが持ってる便利な物が欲しいなんて、それは便利さに価値があるのではなくステータス性に価値があるのであって、それはあなたの欲しい『物』ではないのかもよ。

過剰に演出された便利に騙されていたって去年よくよく知った。その後のあからさまな脅迫と同調圧力をも知っている。それはあからさまになっただけで脈々と存在していたものなんだね。

過剰な便利感を纏ったステルス脅迫&同調圧力はよく見ればそこかしこに存在する。

でも過剰な便利に飼い慣らされんなよ〜。

いくら最新スマフォ自慢したってそりゃ貴方の実力じゃないんだからな〜。相手は素っ裸の貴方の魅力を知りたいんですよ。ぐふふふふ。
2012.01.24 Tuesday

妥協できる?できない?

僕は木で物を作る。クライミングホールドも木で作る。

実は木じゃなくたっていい。いずれ土に還ってまた生命を育む素材を主体に出来ればそれでいい。

なぜならばその方が損をしないから。僕個人の損ではなくて生命全体の損。

僕らは生命全体の損を許容する事で個人的な得を手に入れられるシステムの中で生きている。それは間違ってる事じゃない。そのように消費しながらしか生きられない。

だから境界線を設けて常に妥協と拒否の選択を迫られる。

例えば、食品添加物。本来の目的は生命を維持するための摂取。でも見た目の良さとか、長期保存とか、コストダウンだとかのために添加されるモノがある。それによって本来の目的である栄養摂取と共に全く関係ない薬物を摂取することになるのだけど、恩恵に預かるところももちろんあり妥協できる部分は多々ある。

しかしアスパルテーム(人工甘味料)のようなものはいささか度を超えている。必要悪とは到底考えられない。

また歯磨き粉などにわざわざ配合されるフッ素などもどうかと思う。

販売側の都合による妥協の選択が生命の尊厳を凌駕してしまえば命そのものを素材にした錬金術。そしてそのような妥協が現代には数多く跋扈しているわけだ。

ただ、いくら販売側の都合で店の棚に並んでいても、買う側の選択がある。裏面の表示を見て嫌なら買わないというフィルターを通せばいい。僕はそうしてる。

しかし多くの人はそうではない。無批判に妥協してしまう。ある意味人がいい。

例えばこの時期に重宝されるインフルエンザのワクチンには受ける側の選択材料である成分表示がなされていない。実は水俣病の元凶水銀が添加されていると伝えられていたらどう思うだろう?妥協できる?

僕がそんな事を不特定多数の人に吹聴するれば気がおかしいとあからさまに忌避される。知らないことであってもそれが多数意見であり、多数意見とは常識であるから僕が忌避されるのは至って正常である。間違ってはいない。

かなり前、僕が大学生だった頃にタバコには放射性物質が含まれていると環境の授業で習った。僕はこれは大変だと喫煙者に言って回った。誰も信じはしなかった。忌避され続けたもんだ。

で、この度4月から出回るタバコにはこの度の事故で飛び散ったセシウムが交じる物もあるとJTの認めているところ。

学生時代の過去を回想していたら、この記事の中で10年ぶりにタバコにはもともとポロニウムという放射性物質が含まれているという文言にも再会してしまったのはなんとも。

10年前は誰も信じなかったタバコの中の放射性物質だが、4月からは少なくともセシウムは交じる。計測できないだけでプルトニウムとストロンチウムも入ってると考える方が妥当だろう。もともとだけどポロニウムも混じってみたいだよ。

どう考える?まだ妥協できる?もともと放射性物質が含まれているものを嗜んでいて問題なかったんだからいまさら放射能は怖くないなんて楽観してしまおうか?

とりあえず僕はもともとタバコを嗜まないし、4月からは副流煙ですらより嫌だな。


まあ残念かな、知っていることだけを常識と捉え、知らないことを非常識と捉えるならばこの世の中は広大な非常識の中に砂粒なような常識があるに過ぎない。

情報化社会などと言われ、安易に情報が手に入る世になった。油断するとどんどん馬鹿になっていく。これは矛盾じゃない。それが情報の性質だと思う。

一つの事を一生懸命調べて真理に辿り着こうと務めることで情報は研鑽され知識へ思想へと変貌する。通り一遍の情報をさらうだけで知った気になってしまえば知識を得るに至らず、その情報のあり様を安易に権威に委ねてしまう。

僕が昨年3月12日に福島原発より50キロに位置する家から即座に飛び出した理由は自分の生命の問題を誰かに委ねたくなかったから。

生命を第一義に尊重するならば原発など作らないよ。生命が尊重されなければ平和など感じ得ない。

お金をたくさん儲ける事を生命全体の損によって成しうる。

妥協できる?

妥協できるならばそれはそういう生き方なんだけどね・・・。

ま、とりあえず僕は木でクライミングホールドを作っちゃったりするというポーズを続けようと思うわけだ。

土から生まれ土に育まれ土に還りまた土より生まれる。それが僕の思想。


※リンクを張った記事に対して、その確実性を問われる事があるのだけど、それを自分で判断して下さい。検証しようとしたら一生かかる。だいたい、僕が本当だって言って無批判に信じるようならこの記事の意味無いじゃん。ま、そんな権威は無いので僕は僕に安心だよ。
2011.08.31 Wednesday

例えば洗剤

洗剤には二種類ある。石鹸と合成洗剤。消費量は合成洗剤の方が多い。なぜならほとんどそれしか売ってない。

例えばシャンプーなんかほとんど合成洗剤。植物系と書いてあってもまず合成洗剤系である事が多い。(裏面表記見りゃ分かるよ)

石鹸シャンプーもあるのだけれどあまり売ってないのとキシキシするなどの理由で人気はいまいち。

安価で石鹸よりよく汚れが落ち洗い心地も良い合成洗剤すごいぞ!!…とは問屋が卸さない。

汚れがよく落ちるのだが化学合成ならでは問題がある。

合成洗剤系シャンプーを利用すれば皮膚から体内に入り体内を汚す。

排水されれば微生物を殺し、完全に分解されず水質を汚す。そして水が汚れれば巡り巡って万人の体内を汚す。

外面の美しさを得るのとひきかえに内面を汚す合成洗剤。

ではでは、石鹸は?

排水は微生物が分解してくれるし体内を毒すような事もない。

だから僕は石鹸しか使わない。シャンプーに限らず台所洗剤だろうが洗濯洗剤だろうが。

じゃあなんで誰も彼も石鹸を選択しないのか!?

スタジオジブリが「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」と横断幕を掲げたのはご存知でしょうか。

そう、売り手側の事情に付き合わされる。原発で電気売りたい、石鹸より合成洗剤売りたい。だからそのように仕向けようと。メリットだけ伝えればいいと。

資本主義ってんだから「資本=お金」のお金第一主義。金儲けすることが最優先される。場合によっちゃ消費者の安全はお金の次か次の次かそのまた次くらいの優先順位なってしまう。(※どの企業もそうだってんじゃないです)

突き詰めりゃ

「何より尊いお金のためならば死んだ(殺した)っていい」

これは健康マニアの迷言「健康のためなら死んだっていい」に通ずる本末転倒さなのだが生命主義ではなく資本主義なのであながち間違ってない。戦争が儲からなかったら・・・戦争はおこらないかもしれない。

(資本主義批判じゃないよ。資本主義でもいい。でもそれ以前に人の道ありきだ。主義よりもっと原始的な慈しみの心が前提だろう)

まあ、あいにく洗剤は選べる。でも電気は選べない。(厳密には独立型ソーラーパネルなどの手段によって選べる)

それから「売り手側の事情に付き合わされる」と書いたけれど、それだけじゃない。虫食いのない綺麗な野菜を食べたいと欲求する僕らの事情で農薬が多く使われるなどという側面だってある。洗剤も然り。買い手側の事情に付き合わされる部分も忘れてはならない。

甘んじて享受する限りは変わらないし、さらには消費者の努力もなければ共に高めあう関係性は生まれない。

表面を撫で回し満足ではなく、その中のエグい部分にだって手を突っ込まなきゃならん。

なんだか仰々しい感じだけどそんなに難しい事じゃない。

例えば洗剤。石鹸と合成洗剤との二択があったら石鹸を選べばいいだけよ。

合成洗剤を使ってる人は試しに合成洗剤について調べてみたらいい。そこを起点に色んなエグさが見えてくるかもしれない。
2011.03.07 Monday

ゴミランディングでボルダリング 動画

「土から生まれ土に還り、また土から生まれれる」

そうやって何世代にも渡り生命の連鎖をつないできた。

近代、石油製品などからなる発明により飛躍的に便利な世の中になったようだ。それを享受しながら僕らは生きている。

しかし、その目先の利点にとらわれ裏で問題を山積させてきた時代でもある。

便利であればあるほど文明の水準は上がる、かのように思い邁進してきたのかもしれない。

それは節度あってこその便利であり、過ぎたるは及ばざるが如しであり、不便な問題を生じさせる。

土に還らない無機物の大量生産、即物的使用の一端をここに見ることが出来る



発明は素晴らしい。肝心なのは使い方だ。管理(処理)できないのであればそれは僕らの文明レベルが発明に追いついていないのかもしれない。

捨てるとゴミになる物と捨てれば土に還る物、そんな視点で商品を手に取ってみると高いものが安く感じ、安いものが高いと感じるかもしれない。

節度の問題だから極端じゃなくていい。少し考えて少し行動にする事で生命の連鎖を紡いでいくことになるはずです。

例えば僕の子供の世代がゴミの中でボルダリングしなくて済むようになるとかね。





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2010.10.08 Friday

循環し将来を守る物作りを

本日よりついに三十代を迎えまして、一日中そわそわしていたしだいであります。

さようなら二十代。こんにちは三十代。

そう、今年から町の健康診断を受けれるようになったのも三十代だからこそ。そして検査の結果オールA判定をいただき安心した。健康診断を受けるのは学生以来なので7、8年ぶり。健康だったぜ。

健康でいたいが為に天然系にこだわっているVOCKです。健康を損なってまで働きたくない。

というわけで今日はホールドの柿渋塗り。



有機溶剤系の塗料と違って吸い込む心配も要らなし、肌に触れてもちょっと舐めても大丈夫。

そういう物作りをしております。

と、紹介したい動画あります。



ちょっと長いけれど是非見てみてください。

金銭的な安さを追求したって代償を考慮すれば金銭以外での犠牲としての失う価値が高い場合があります。その代償とは僕らの健康であったり、将来です。背景に目を向けて売る側も買う側も考えて行動しなくてはいけないですね。




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2010.07.23 Friday

ある箸における次世代クライミングホールドの可能性

ヘンプロープの材料を買いにmazeへと行ってまいりました。

そこでとても興味深いものを手に入れた。


このお箸、ヘンプ(麻)と木と古々米をブレンドして作った樹脂なのだって。

というわけでこの樹脂でクライミングホールド作ればいいんだよ。いろいろ解決しちゃうなー、僕的には。

ヘンプは農薬いらずの雑草のごとき植物でしょ、木は端材のチップでしょ、古々米なんか捨ててんだからね。

今はまだ一膳1000円もする。だけどみんながこの樹脂に注目すれば…きっと価格は下がるだろう。

その為にはヘンプを取り巻く問題の解決(マリファナとかのことね)などが必要不可欠かもしれないね。

ともあれ勝手に次世代のクライミングホールドはコレだっ!!と勝手に思った次第です。その勝手な第一歩として僕は今日からこの箸でごはんを食べるよ。

このお箸は近々、mazeのウェブショップで販売されるそうですぞ。そうそう、MADE IN JAPANだって。地産地消ですな。


で、何気に箸置きにされてしまったのがこちら



パワーストーンてのは相性の良い組み合わせがあって、僕は本とにらめっこしながらその組み合わせを調べまして作らせてもらいました。

左側:アマゾナイト×ホークスアイ

アマゾナイトの鎮静作用とホークスアイの冷静さを促す作用により第三の目が開き、物事を客観視する力が補強される。とのことです。

右側:ローズクォーツ×ユナカイト

ユナカイトの暖かい波動で心の傷を癒す準備が整い、、それをローズクォーツのヒーリング効果が清め、流し去ります。一種類では癒しきれなかった感情の泥を流してくれるでしょう。ですって。

いいねぇ〜。


さて、明後日、明明後日といのち輝く祭に行きます。時に出店して、時にうろうろしていると思います。VOCKのTシャツは来ていこうと思うのでうろうろしていたら声をかけて下さい。すぐ営業しちゃうから。あっ、見るだけでもいいよ。


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2010.06.21 Monday

旅人のAKOちゃん

最近僕の住む筆甫地区に旅人のAKOちゃんなる人が滞在している。

AKOちゃんは可愛い名前だけどヒゲもじゃの大変怪しいおじさんである。

AKOちゃんは「愛しい地球」の伝導師として旅を続けているという。そのAKOちゃんが先日、上映会と紙芝居をやるというので見に行ってきた。

その中の一説、マザー・テレサはこう言ったという「愛の反対は憎しみではなく無関心である」と。

次いでAKOちゃんは言う。「何」という字は「人」と「可」を組み合わせて作られている。興味を持つこと、関心を持つことで、「何」と思うことで「人」が「可」能にするのである。

昨今、インターネットによって情報を得るに容易くなった。しかしながら、一方では良いといい、一方では悪いと言うように氾濫する情報は整合性がないのも事実で、調べれば調べるほど何が正しいのか分からなくなってしまうような状況だ。

原発はクリーンなエネルギーとか、原発は危険とか。

知るということが取捨選択によって行われるのがインターネットによってもたらされるあやふやな知識である。

それはほとんど賭けであり、情報操作力の力量が左右する。

だから僕らは知った事に安堵するべきではない。そこから実践的に掘り下げる事が「知る」の本質であり、それが間違っていると解ることと正しいと解ることは同等に価値がある。

そして知り続ける事は留まることなく枝葉を伸ばし続けるわけだ。

さらには知ったことを伝導することで世の中を変えようとする人が現れる。AKOちゃんはその旅を続けている。

チャーリーチャップリン、、ジョンレノンなんかはアーティストとして世界を動かそうとした。

日本では忌野清志郎だ。



その他にも知らないだけで色んな人がいるのだろうけど、そのような生きざまに敬意を表さざるえない。

良いものを良いというのは容易いが、悪いものを悪いと言うのは角が立つ。本当の事こそ言えないという状況がある。だから旅をする、だから歌う、だから映画を作るなどなど。

VOCKでは「だから木でクライミングホールド作ってみる」が始まり。上記の偉人たちの前ではとてもとてもだけれど。

しかしながら、出来ることを積み重ねていくしかないのである。

またマザー・テレサの言葉を引用すると「私には大きな事は出来ません。しかし、小さな事に大きな愛を込めることが出来ます」。

ということでVOCKでも愛を込めて物作りを続けているわけです。

そして時々ブログで啓蒙的発言をしている。

今の為に未来を食い潰すのではなく、未来の為の今であって欲しいものです。


次回はたしか10日にまたまた筆甫でAKOちゃんの上映会があるらしいよ。




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7/3(土)あいに祭出店→HP

よろしくどーぞ




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