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2016.04.18 Monday

【講演】それから・・・

昨日、予告通り【原発がヤバそうで、とりあえず避難してみた それから・・・】という講演を開催しました。

ご来場頂いた皆様どうもありがとうございました。

この度は九州で震災があり、急遽プロローグとして原発の耐震と九州都四国の原発の話をさせていただきました。

そのために、用意したけど使わなかったプロローグの言葉をば載せておきます。

この度はお集まり頂きありがとうございます。
原発事故に関して、皆様テレビや新聞を通して色々聞き及んでいる事と思います。
それら主流メディアが世論を席巻し、結果、被災者達の口を塞いでいると僕は感じている。
テレビではああ言っていた。新聞ではこう書いてあった。だけど違う事を言う人がいる。それは間違っているからだ。
それが実際に体験した者の言葉であっても、だ。
これはチェルノブイリ原発事故でも同様。被害者たちは声を上げている。しかし、その間には壁のようにIAEAなどの権威的な組織があり、人を見ず、数値を見せ、人々の声をかき消す。
福島原発事故より5年経過し、日常を取り戻した。危険を叫べば左翼だとか反原発主義者だとカテゴライズ、ラベリングされその声は嘲笑を持って迎えられる、そんな日常。

テレビや新聞ではいくらでも見聞きしても、被災した者の話を実際に聞くのはヘビーという現実。
結果、メディアが取り上げなくなればその事は現実として認識されなくなっていく。
そして皆が大丈夫だと言っているかのような世論が形成される。
しかし、その世論と本当に大丈夫かどうかは全く関係ない。ただただ、放射性物質が日常に散乱しており、世間の認識のレベルが影響力を変動させるわけではない。
情報社会の今、次から次へと新しい情報が流れこむ。そして押し流され消化もされず取り残されるのが現実。
僕らは情報の住人ではなく、現実の住人。そしてなにより僕らは数値ではなく一個人、人間だ。人間と対峙して言葉を交わして生きていく。このお話し会はそういったお話し会です。

という感じのお話し講演会をやらせていただきました。

最後は皆様に感想まで書いていただき、大変ありがたい会になりました。
 

余震が続きますが、九州地方の方々が無事でありますよう心より祈っております。
2016.04.05 Tuesday

【講演】原発がヤバそうで、とりあえず避難してみた それから・・・ のお知らせ

ほんとは忘れてしまいたいんですけど

それで終いにしてしまっては駄目なのです。

だから、こんな事があったよ、という話をする。

んで、その事についてちょっと考えてくれたらそれで良いです。「ちょっと考えた」というその少しの時間の集積が未来にちょっとは影響を及ぼすよね。

どうぞよろしくです。
2016.03.24 Thursday

【北海道新聞】 3.11の記事


やっとブログで紹介致します。

なんかね、取材受けた折に記事の掲載された新聞を送ってくれるとの事だったのだけど、待てど暮らせど送られて来ず。業を煮やして連絡し、「すぐにでも送る」と言われ、また待てど暮らせど送られて来ず。しまいにゃ電話しても出てもらえなくなり・・・。

そんな話を友人にしたところ、友人から画像を送ってもらえたのです。そう、これは愚痴です。

というわけで、記事掲載より12日も経って始めて件の記事に目を通した次第です。
 

そんな後日談は別にして、取材しに来てくれてありがとうございました。

記事の末尾にもありますが、一番大事なのは『自発的に自分を助けられるか』だと思う。

【津波てんでんこ】という言葉があります。

津波てんでんこ

「てんでんこ」は、「各自」「めいめい」を意味する名詞「てんでん」に、東北方言などで見られる縮小辞「こ」が付いた言葉。すなわち、「津波てんでんこ」「命てんでんこ」をそのまま共通語に置き換えると、それぞれ「津波はめいめい」「命は各自」になる。

「津波てんでんこ」「命てんでんこ」を防災教訓として解釈すると、それぞれ「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」になるという。

また、「自分自身は助かり他人を助けられなかったとしてもそれを非難しない」という不文律でもあると言い、災害後のサバイバーズ・ギルト対策や人間関係修復の意味を言外に含むとされる。

(Wikipediaより抜粋)

分かると思うけど、自分を助ける=他の人は助けないって事じゃないよ。

放射能汚染などごく一部の地域の出来事のように振る舞い続けるこの国。大変ご苦労なことです。僕も頑張って自分と家族を守りますよ。

と、この記事をきっかけにお話をする機会を頂けそうです。

依頼をいただき、 僕の暮らすトマムの多目的施設ミナトマムやる予定。日程調整中で来月の中頃になるかと思います。去年一昨年と、被爆知識中心のお話をやったので、今回は体験を中心にお話出来たらと思います。

詳細は決まったらお知らせします。
2015.08.27 Thursday

原発問題

この度は、富良野市で原発問題に取り組んでいる友人達の企画を紹介させてください。
 
以下

829日(土)市民力UP講座@富良野 
午後5時〜7時 富良野市女性センター大会議室 参加費無料 お子さん連れ大歓迎!
(後方に託児スペースを作ります。みなでお子さんを見守りながら、一方通行ではなく
 よもやま話しながらの会にしたいと思います。)
 市民活動をされているお二方をお招きしてご経験を伺います。
 なんだか大変な世の中ですが、とにかく人と人が出会うことが力を生むと信じています。

  1. おとじろうさんの朗読と福島キッズのおはなし

朗読はおとじろうさん作の「ぼくは原発君」 鷹栖町の市民グループ「チームあったかす」のメンバーで毎年夏福島からの子どもたちの受け入れをされています。

  1. 札幌と中標津での被災地支援 東田秀美さん

東田さんは旧小熊定保存運動を立ち上げ保存に成功されたかたで、NPO法人歴史的地域資産研究機構や札幌で支援活動をされているNPO法人耳をすますプロジェクトでも活躍されています。中標津でのチャリティーウォークのことも詳しいのでそのお話も楽しみにしています。
3.11に学ぶ@富良野から生まれた「ふらのチャリティーウォーク実行委員会」の初企画でもあります。103日(土)に予定している「ふらのチャリティーウォーク」のご紹介もいたします。 土曜の夕食時間でもありますが、ご都合つく方是非ご参加ください。
9月5日(土)「海の汚染、魚の汚染」午後2時〜4時 
暮しステーション2F 参加費500円  
世の中のいろいろなニュースにかき消されがちですが、汚染水は漏れ続けています。
身を守るにはを食べればいいのか。
東京海洋大学名誉教授 水口-憲哉さんのインタビュー映像を観て学びます。
 
そしてこれはチャランケふらのさんの企画ですが。
912日(土)「フクシマ、原発、そして今」アーサー・ビナード/おしどりマコケン
富良野市文化会館中会議室 前売1000円 当日1200円 
予約・問い合わせ ふらのチャランケの会 charanke.furano@gmail.com
 青木 090-7061-9120 すぎやま珈琲 0167-23-5277
アーサー・ビナードさんがまた富良野に。
今回は、ぜいたくにもおしどりマコケンさんと一緒です。
おしどりマコケンさんは、本職は漫談と針金パーフォーマンスをやる芸人さんですが、マスコミが伝えないことを、きちんとデーターを把握して専門家もたじろぐ取材をして伝えてくださっている方。前回のビナードさんの講座で学んだ言葉の根っこをとらえること、その根っこをとらえるために裏付けのあるお話し聞けると思います。是非!

 以上
 
原発事故より四年半になろうとしていますが、原発事故というスパンで考えると予断を許さない状況が続いておりますね。
 
しかしながら原発事故の話題は忌避される風潮があるかと思います。
 
なぜなのか!?
 
それは、いざ話題にすれば感情がぶつかり合ってしまいがちな煩わしさがあるからではないでしょうか。
 
それだけ僕達がこの問題に関して無知である事の表れだと感じます。無知とは憎悪を増幅させる元凶です。僕らはいつまでたっても論理の抜けた感情をぶつけ合い、傷つき傷つけ合う。
 
しかして、なぜこんなに膨大な情報があふれているにもかかわらず無知になってしまったのか。ひとつには、情報が精査されず垂れ流され、その事によって生じた混乱と難しさで情報の取捨選択を放棄し、終いには結論を権威に委ねた為ではないかと考えます。
 
いつの間にか、論点は信望における派閥争い舞台を変え、本質の輪郭はぼやけたままに心身が疲弊した。その惰性が続いているように感じます。
 
テレビや新聞は伝えたい情報だけを伝えます。常に不足なのです。

そこで、不足している分、足を運びませんか?上記のような企画に参加し、もし良かったら共に今一度向き合ってみませんか。僕は9/5と9/12と行こうと思います。


《9/12のフライヤー》
2013.03.11 Monday

善良な市民の暮らし

今日は3.11なので原発話です。

そういった話題を毛嫌いする方もいるかと思いますので先に述べておきました。どうかそういった方は飛ばしてくださいませ。わざわざ読んで心荒むことないです。

ではでは
続きを読む >>
2012.12.15 Saturday

関係ある話

ちょっと話題になってると思うんだけどGyaOでチェルノブイリハートというチェルノブり原発事故のその後のドキュメンタリー映画が無料で視聴できます。

チェルノブイリハート

事故の記憶は風化し、国は汚染地帯の認識を改めるでもなく汚染地帯の住民を助けるでもなく再稼働か推進か脱原発か〜と話し合っている昨今です。

その間も放射性物質は新たに排出され漂いながらただただ分裂を繰り返しその度に放射線を放ち続けているのです。

僕らが忘れよう関係なく。

原発を停めようと動かそうと関係なく。

ま、この映画もひとつのプロパガンダです。これとて答えではなく材料。

この地球上に存在するひとつの現実の姿として見ておくのはいいのかもしれない。自分には関係ないとはとてもとても言えないね。
2012.06.11 Monday

本質は何処に

ふらのクリエイターズマーケット向け、ペンダント制作中です。

前回が黒っぽい木が多かったので最近作ったのはもっと木っぽい色。そう、一般的に木っぽい色といえばこのベージュ系。

ペンダントヘッド






(※以下は原発の話になります。嫌な人はパスしてね)

今時分、この色は肌色とは言わない。人種差別につながるとかでね。

最近見たところでは肥満という言葉もダメにしたいとか。

逆に冷温停止状態というのがまかり通ったりしちゃう。

どちらにせよ体裁を繕うための措置であり、本質からは遠いように思う。

ある種の本質から目を逸らし関わらないでいいようにする措置とも見て取れるのだよ。

そんであれよあれよと国民の生活を守るための原発再稼働論議ですよ。事故処理さえままならずに。だからこその冷温停止状態の収束宣言なのだけど。

平時では放射能を危険前提で扱い

非平時になれば放射能は安全前提で扱う


とな。

体裁を繕うために言葉を操り、関わらせないように囲い込む。

命の尊きを説き、でも少しぐらいはいいじゃないかと嘯くのであります。

んでね、こんな風に反対意見を述べてると「じゃあテメェーは自家発電でもしてろ」と怒られたりすんのね。

しかしながら原発の本質は電気ではなく『核』ではないだろうか。だから核の論議にならなきゃおかしいと思うわけです。

そして本質の部分で原発と原爆はリンクしているわけ。

これ見てね。
「シリーズ原子力(4)地球核汚染・被爆国日本の視... 投稿者 Katasan2010

「シリーズ原子力(4)地球核汚染・被爆国日本の視... 投稿者 Katasan2010

因果関係が証明できない限りにおいて被曝の健康被害は認めない。これもまやかしじゃないかね?

本質がメカニズムに置き換えられているけれど、本質は現象でしょう。メカニズム云々よりそこで実際に何が起こっているかでしょ。

ともあれ、どうしたって原発は必要だという論調で物事を進めたいわけです。

統括原価方式って知ってる?電力会社はあらゆる発電方法の中でもとにかく原発が大好きなのよ。(参考:院長の独り言「総括原価方式(打ちでの小槌)をポイントカードで理解しよう」

あ、こりゃ必要だと電力会社の見地では正しいと思います。

国民の見地としてはたして同じことが言えるだろうかね。

〈VOCKブログの福島原発関連記事〉
福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ
2012.05.24 Thursday

瓦礫焼却

安心安全の震災瓦礫広域処理によると北九州市で震災瓦礫を載せたトラックの直近ではない近くでガイガーカウンターが0.06μシーベルト/hから10倍の0.6μシーベルト/hを超えた模様ですよ。


この動画から緊迫感伝わる。慣れてしまったかもしれないけれど0.6μシーベルト/hは決して低くないよ。

原発事故前の日本の放射線量↓


んで瓦礫は既に燃やされてるみたいです。

参照【北九州市は午後から試験焼却という名の大量のガレキ焼却を強行しました。許せません。
(木下黄太のブログ 福島原発を考えます)


おとりまで使ってガレキ搬入〜ヤクザ顔負けの北九州市(院長の独り言)



また、先にに広域処理の震災瓦礫を燃やしていた静岡県の島田市では土壌汚染が進んだようです。

参照【速報】島田市伊太小学校と大津小学校の放射能汚染データ(安心して暮らせる島田をつくる市民の会のブログ)

さて、お次は北海道の苫小牧市でしょうか。苫小牧市長の岩倉市長は廃材などのリサイクルをするイワクラって会社の一族なんですって。

市長いわく、この度は震災瓦礫を集めて再利用するんだって。まさか自分のとこでかな?そんな個人的利益誘導するわけ無いよねー。

全部再利用できるわけじゃないだろうけど、使えない部分は燃やすのかな?


ああ、ちなみに静岡県の島田市の桜井市長は桜井資源株式会社という産廃業社の元社長だそうだよ。現社長はご子息だそうです。もしかして儲けてたりして。まさかまさか。絆でしょ、これ。

そんなに勘ぐってしまうとこのせっかくの絆も台なし。政府公認の安心安全だものね。


でもせっかく勘太郎なんて名前を親に貰った手前勘ぐりますか。というか勘ぐらずにおられんですよ。本当に人々のためにと思ってやってんのかって!!

政府公認の安心安全って・・・緩いよね〜。その緩さで絶対爆発しちゃ駄目な建物、爆発したよね〜。危ないから絶対爆発しちゃ駄目だったはずなのに、爆発したけど安全だと宣ったよね〜。根本的には何も出来ずに基準値を大幅に動かしたね〜。僕らが頑丈になったわけじゃ無しに〜。

どれほど瀕死の状態になったら危ないかもって認定が降りるのかな。保身を図ることをやめるのかな?

このチキチキレース、僕はかなり手前からブレーキべた踏み。しかし止まらん。

一緒にブレーキ踏みません?

ブレーキを凌駕するすげー推進力だよ。燃料は絆。いや、この強欲エンジンには札束の燃料よ。絆は本質無添加の潤滑油だよ〜。





〈VOCKブログの福島原発関連記事〉
福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ
2012.05.21 Monday

傷口に

今これ見た。


引用元:院長の独り言

わかりやすくていいと思いますよ。是非とも視聴下さい。

テレビを見る時間を削れば90分などなんのなんのですよ。

もうすぐ北九州市でも震災瓦礫の焼却実験もあるし、北海道の苫小牧市ではがれき受け入れ決めたみたいだ。(苫小牧市は燃やさないで合板にするらしいけど。噂ではそれを行うのは市長様の関連会社だとか)

事態は現在進行形であります。

面倒くさいけど、嫌だけど、辛いけど、ストレスだけど既に関わってることとも思います。昨年に日本の原発が大爆発したことを知らないというわけでなければ刮目して下さいませ。この事故は大きな傷を作った。

テレビなんか見てるともうかなり過去の事のようだけど、チェルノブイリ原発事故ですら目下進行形。日本では収束宣言済み進行形。

原発事故関連の事を書くと酷い奴だと言わんばかりのコメントをいただけます。普段は僅かしかコメントないんだけどね。そうなのよ、原発関連の危険性を話題にするとこの国では酷い奴扱いなの。傷口に塩塗る奴だってよ。あわや非国民だよ。ひえ〜。

でも話題として埋没させる事と、現実問題は違うからね。話題として埋没しても現実は隆起してくるし、データとして消去しても現実の苦しみは消えない。

傷口は染みんだよ。もう開いちゃったんだから。

なのに傷口の手当てはしないわ、更に開こうとするわ、金儲けしようと画策するわ・・・シッチャカメッチャカやってますね。

どうぞ主たるメディアに踊らされないようにこの動画をセカンドオピニオン的に見てみてはどうでしょうか?

で、なにかしら気づいたら酷い奴だと言われようが主張していこう。命を尊べないすげー酷い連中がいるんだって事をさ。

だって薄々気づいてるでしょ。・・・いや、ホントは知ってるでしょ。

そこからやっとあらゆる意味での治療が始まるのではないでしょうか。


〈VOCKブログ内の原発関連〉
福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ

2012.05.16 Wednesday

放射能とクライミング

原発事故を境にこの日本には野放しの放射線管理区域が出来てしまった。何度も話題にしているが原発事故以前、0.6μシーベルト/h以上の放射線量がある場所は放射線管理区域に指定され、専門家だけが防護を整えた上で入ることを許された。そして放射線管理区域から自由に物を持ち出すことは出来なかった。

それほどデリケートな扱いだったのが、原発事故を境に放射線管理放棄と相成った。

多くの岩場で放射線管理区域相当でありながら放射線不管理区と化し、誰でも無防備に除染の義務もなく自由に出入りが出来るようになった。

多くのクライマーはそれを自己責任と呼んだ。

何故、放射線管理区域というものがあったのだろうか?それはひとえに放射性物質を拡散させない為であると思われる。

これだけ多くの放射性物質が拡散してしまった今さら放射性物質拡散防止の努力など焼け石に水なのだろうか・・・。

あるクライミングジムのオーナーが多くのクライマーが放射線管理区域相当である岩場に足繁く通うのでジムの方針として汚染された岩場に行かれる人へ向け、岩場で使うギアとジムで使うギアを分けるか洗ってからの使用にして欲しいと頼んだ。

女性や子供も遊びに来る場所として想定される不要な被曝からお客さんを守るのが目的だ。

自己責任で放射性管理区相当に遊びに行くのは止めないが、自己責任の範疇からはみ出す分に関しては客商売として目を瞑らない。このご時世にこれが言えたのはとても立派だと思う。

しかし思惑とは裏腹な感情論を主体とした非難が集まったという。

原発事故前であれば、放射線管理区域にクライミングに行って除染もせずに帰って来ればクライマー当人が糾弾されただろう。

しかし原発事故後では放射線管理区域相当の場所にクライミングに行って除染もせずに帰って来るクライマーを注意すると注意した人が糾弾されるようになったようである。

僕の友人はこう言っていたよ。

「放射線量が高い場所でボルダリングマットをほろっても意味ないから放射線量が低い場所まで行ってからほろうようにしている」

考え方の基本が倒錯してしまったようである。

想像力を巡らせてみよ。

一年ちょっと前に原発事故が起こりました。

大量の放射性物質が放出され、今もなお続いている。しかしここのところ空間線量は下がりつつあるようだ。

なぜか?

おそらく空間に漂う放射し物質が減ったからだろう。

では、その放射性物質はどこへ?

地面だろう。

では地面の放射性物質はどうなっているか?。

地面では土に染み込んだり。降った雨や流れる水の作用によって凹凸の凹部へと放射性物質が集まっているだろう。地面では局所な濃縮が続いていると思われる。

踏まえて岩にも付着してただろう放射性物質はどこへ集まったのだろうか?

雨に流された場合、岩の取り付き付近に集約されてはいないだろうか?それはボルダリングマットを引く場所では?

そうであったとしてその地面にマットをひいたらどうなるだろう?

マットに放射性物質が付着するだろう。

飛び降りを繰り返す度にそれはマットの奥深へと浸透するかもしれない。

そして飛び降りを繰り返す度に衝撃で放射性物質が舞い上がり吸い込んではいないだろうか?

帰宅、車にマットを積み込めば車の中に放射性物質が付着しないだろうか?車内の汚染は大丈夫だろうか?

汚染マットになってしまったとして、それを別の機会に知らぬ人が使ったとしても自己責任なのだろうか?

何人の人が汚染マットを通じて岩場に留められていた放射性物質と関わるのだろうか?


こうやって想像を巡らせる事を想定といっていいかな。

非情に響くかもしれないけれどそれほどシビアな問題なのではないかと考えている。

「不安を煽るな」と無知でいるより、不安になってでも想定材料を集め無くてはならないと考えている。

短い時間に強い放射線浴びるのと慢性的に弱い放射線を浴び続けるのとどっちが細胞に影響を与えるか?

後者との説あり。(参考:内部被曝−ペトカウ効果と遺伝疾患)内部被曝なら慢性的な被曝だね。

プルトニウムなど不溶性放射性物質をを経口で内蔵に取り込むのと呼気として肺に吸い込むのでは排出されにくいのは・・・呼気として吸い込む場合だそうだ。肺は新陳代謝による体外への排出が殆どないとのこと。

辿りつけない絶対的事実より想定材料を集めなければならないのではないか。

そしてなにより内部被曝と外部被曝を分けないと始まらない。外部線量だけで語られる事が多いけれど、外部線量だけ注意すればいいのであれば極端に言えば原発作業員はマスクする必要ないでしょ。岩場に行って外部線量だけ測って安全か危険かを判断するのは早合点で、そこに物質として放射線が存在し、吸い込んでしまう点、運んでしまう点も考慮する必要があるのではないだろうか?そこまで考えての責任ではないだろうか?

クライミングは危険なスポーツだ。だから危機管理をする。それは自己を守るためであり、人に迷惑をかけないためでもある。その為の技術体系がある。

放射性物質も危険だ。だから危機管理をする。それは自己を守るためであり、人に迷惑をかけないためでもある。・・・それが現在たいへん曖昧な状態にある。管理体系がめちゃくちゃになってしまったわけだ。

なんでこんなんなってしまったのか・・・日本は資本主義で民主主義である事を踏まえ世の中を見渡してみよ。

資本主義。これは儲かりゃいい主義だ。儲かったものが力を得る。そして儲からないことはやらない。損する事はもっとやらない。だから放射能が害であっちゃ困るんだよ。矛盾だって資本主義にかかりゃ正義だよ。だって儲かりゃいいんだから。原発早く再起動してー。

民主主義。民が主である。僕らが考え行動すれば僕らが生活を変えられるんだ。

しかーし、そんなことになっちゃ困る資本主義で力を得た権力者。民が主権を主張しないよう考えを巡らせないようあの手この手である特定の情報漬けにする。そして無批判な民を擁護する。それを愛国心であると賛美するだろう。だけどそりゃ愛国心じゃなくて信仰に近い。思考というフィルターを介させずに意思を届けることを洗脳というのですよ。

原発事故は現在のような変遷を経ているのはざっくりこの様な構造によるものではないかと思うんだ。

まやかしの主である民は被曝して、声を上げても同じ民に糾弾、もしくは無視されるよ。理屈を感情論が覆い尽くし、人々は美談を求め悲劇を忌避する。美談は悲劇のヒーロー、ヒロインを生んでヒーロー、ヒロインは大変攻撃的である。そしてついには痛みを分かち合う被曝という正義までが生まれてしまう。

しかしね、生命として原発事故由来の放射性物質による内部被曝は出来るだけしない方がいいと思うよ。

生命を尊重するならば原発事故由来の放射性物質による内部被曝は出来るだけさせない方がいいと思うよ。

生命に立ち返って考えて下さいませ。人間として考えると正解無しよ。

どうか皆様の健康がこの原発事故によって不要に害されませんようにと願います。

今現在でも放射線管理区域相当の場所に多くの人が居を構え、不本意な被曝にさらされながら生活をしている。世の中の感心は薄れる一方で時間ばかり経過してしまった。

勇気ある発言を潰させてはならんよ。また時間だけが経過してしまうよ。そしてそれが被曝者にとってはとても残酷なことなんだよ。

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福島原発事故について
愛のない世界からの脱却へ


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