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2015.01.17 Saturday

タケノコ山

昨日、今シーズン初滑り、南富良野町の通称タケノコ山へ行ってまいりました。

目指すは緑色の建物後方の山。


常緑樹の森を抜け


いい感じにポケットの続く大木を仰ぎ見て


尾根筋に出て


歩いて歩いて


登頂!!

それでは山陰におトイレに行って帰ってくる専務をご覧下さい。








歩くと埋まるし、手袋を忘れ、肘で這って帰ってきたのだって。すっげー変な人きた!!って思った。

帰りはスイスイで




あっちゅーま。
2014.12.26 Friday

北海道で暮らそう!

《クリックでサイトへ》

北海道で暮らそう!・・・どうでしょう。

北海道移住を促進するNPOがありまして、この度はそちらのFacebookにて長谷川勘太郎さん(僕ね)を紹介していただきました。

北海道で暮らそう(Facebook)

よろしければご覧になってくださいまし。

北海道オススメだねぇ。
2014.12.23 Tuesday

標的の村 自主上映会

 今日は標的の村自主上映会が開催されました。

昼の部

(始まる前ね)

夜の部


トータルで50名近く人が集まりました。

僕はこの度、機材係として関わらせていただき良い経験をさせてもらいました。
2014.12.20 Saturday

標的の村 感想

 標的の村、昨晩、試写してまいりました。

何かあったらば・・・

いざという時は・・・・

国は助けてくれん。

利権、利害、保守、保身の為ならば舌が二枚にも三枚にもなり、正当な主張は捻じ曲げられる。

ん~、そんな事は知っているのである。大人なら皆知っているはずなのであります。

しかしながら、当事者でないと時に忘れてしまう。場合によっては加害に加担してしまう。

法律は盾であり武器である。後者として使用される事も少なからず。

そして「仕方ない」と溜飲を下げてしまう第三者達がいる。当事者たちは溜飲下がらぬ思いで戦い続ける。

「国は国民を守るべきだ」という正当な主張と現実は乖離している。国は国を守ってる。国民が泣いても喚いてもどうやら届かない時がある。

その為に僕達は何が出来るだろうか?

その何かとは個々人の特性であり計り知れないけど、ともあれ知ることから始まるのでしょう。

という事で、

2014年12月23日(火・祭日)
「標的の村」 トマム上映会 
(託児有り・要予約)*託児希望の方は事前にお知らせください
前売り券(大人)800円、当日券1,000円 高、中学生無料
1回目上映・会場 「ミナトマム」
     時間 14:30〜16:30
2回目上映・会場 「トマムコミュニティーセンターホール」     
     時間 19:00〜21:00
 主催「トマムで自主上映しちゃおう会」 共催「チャランケの会」
「問い合わせ」認定NPO法人どんころ野外学校 0167(53)2171
       トマム支所0167-57-2160 
公式サイト http://www.hyoteki.com/

だぜぇ~。
2014.12.16 Tuesday

自主上映会のお知らせ《標的の村》

えーっと、今度トマムでこの映画の自主上映会があります。


僕はまだ観てないのでなんとも分からんのですが、内容は以下です。

日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の74%が密集する沖縄。5年前、新型輸送機「オスプレイ」着陸帯建設に反対し座り込んだ東村(ひがしそん)・ 高江の住民を国は「通行妨害」で訴えた。反対運動を委縮させるSLAPP裁判だ。[※1]わがもの顔で飛び回る米軍のヘリ。自分たちは「標的」なのかと憤 る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村[※2]の記憶がよみがえる。10万人が結集した県民大会の直後、日本政府は電話一本で県に「オ スプレイ」配備を通達。そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。

2012年9月29日、強硬配備前夜。台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に身を投げ出し、車を並べ、22時間にわたってこ れを完全封鎖したのだ。この前代未聞の出来事の一部始終を地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちが記録していた。真っ先に座り込んだのは、あの沖縄 戦や米軍統治下の苦しみを知る老人たちだった。強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。闘いの最中に響く、歌。駆け付けたジャーナリストさえもが排除さ れていく。そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち……。

本作があぶりだそうとするのは、さらにその向こうにいる何者かだ。復帰後40年経ってなお切りひろげられる沖縄の傷。沖縄の人々は一体誰と戦ってい るのか。抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきら めない」。奪われた土地と海と空と引き換えに、私たち日本人は何を欲しているのか?

     




僕らには知る権利と知らなくていい自由があり、報道には知らせる権利と知らせない自由があるようです。

そんな自由の中の不自由に埋没してしまっている事柄を知るチャンスが巡ってきたわけです。

2014年12月23日(火・祭日)
「標的の村」 トマム上映会 
(託児有り・要予約)*託児希望の方は事前にお知らせください
前売り券(大人)800円、当日券1,000円 高、中学生無料
1回目上映・会場 「ミナトマム」
     時間 14:30〜16:30
2回目上映・会場 「トマムコミュニティーセンターホール」     
     時間 19:00〜21:00
 主催「トマムで自主上映しちゃおう会」 共催「チャランケの会」
「問い合わせ」認定NPO法人どんころ野外学校 0167(53)2171
       トマム支所0167-57-2160 
公式サイト http://www.hyoteki.com/

この日程で来られない方にはさらなるチャンスだドン→19日(金)の19:30頃からミナトマムにて試写会が行われる予定です。料金同額。

試写会という名の機材チェックなのでトラブルあるかもしれませんが、もしこちらで参加されたい方は・・・コメント下さい!!


2014.11.20 Thursday

しむかっぷラジオ♪

僕の住む占冠村にはOさんという村の出来事をYouTubeに投稿して下さるユーチューバーな方がおります。

先日のアラヤタツロウLIVEの様子も早速アップロードされました。

LIVEすごく良かったとのこと。

Oさんのその他の動画はこちら

Oさんは他にも『しむかっぷラジオ♪』なるもの企画しております。で、今度そのラジオ(とはいっても動画)に僕はゲストとして招かれることになりました。

先日工房を訪れビデオカメラ片手にひとしきりの取材をしたOさん。

耳から何かが溢れ出しているのは、機械騒音の為とりあえずでテッシュ耳栓をしてもらっているから。

で、肝心の収録は今月中の予定。アップロードされたらお知らせします。


このOさん、野望があります。それは地域ラジオ局を開局すること。夢物語ではなく、現実化に向けて動き回っているようです。応援しております。
2014.11.16 Sunday

アラヤタツロウ LIVE in トマム

結果から言うと 昨日のアラヤタツロウLIVEはトマム史に残る伝説になる企画だったと僕は思うのです。

占冠村トマム地区とはちょっとした陸の孤島のような場所近場の一端である占冠村中央へは30キロ程ほとんど何も無く、もう一端である南富良野町落合地区まで15キロ程ほとんど何も無い。

トマムはリゾートとして有名で、殆どの人が知っているのがこのトマムリゾート。

この絢爛なリゾートから数キロ離れた場所にまるで城下町のように300人ちょっとの人々が静かに暮らしているのが僕の住むトマム。

そんなトマムに苫小牧からアラヤ一家がやって来た。

苫小牧は全く雪がないとの事で大喜びの子供達。一緒に滑り台を作ったよ。


夕刻、リハーサル。

LIVEが催されるのはミナトマムというトマムの地域密着多目的小屋。試験的に建てられたプレハブで先月に設置されたばかり。

この夜はライブハウス「ミナトマム」に変貌を遂げました。

僕は企画者だったので人が集まるかどうかドキドキしながらリハーサルの終わったミナトマムでお客さんを待った。

続々と集まる人々。ホッとしたよ。

そしてLIVEが始まった。





すごく・・・いい・・・。

このLIVEのきっかけは二年と少し前。

僕がアイヌモシリというお祭りに行った際にたまたまステージで歌うアラヤタツロウさんを観た。一瞬でファンになってしまった。

ステージが終わり、降りて来たタツロウさんに駆け寄り短い時間だけど色んな話をした。そして別れ際に感極まった僕が付けていたVOCKのペンダントをそのままプレゼント。

タツロウさんはいつかその御礼がしたいとずっと心に思っていたんだって。

そして先月に札幌のLIVEハウスで再会し、御礼の為にトマムに遊びに来てくれる日程が決まった。せっかくだからトマムでLIVEをやろうという話にもなった。

でさ、タツロウさんの御礼というのが凄いんだよ。『即興歌降ろし』。目を見てその場でその人の歌を降ろし歌ってくれる。もはやシャーマンの所業だよね。

僕はこれを超超楽しみにしていたの。自分の為の歌なんて有り得ないでしょ。

それはLIVEとは別に後で個人的に降ろしてくれるもんだと思ってたんだ。したらLIVEの半ばで突然招かれ、その場で歌を降ろしてもらってしまった。

鳥肌止まらなかった。専務(妻)はポロリしてしまった。

自慢しまっす。これは僕の歌です。


流れる 時間を 共に 生きていこう
例え 仲間達が 離れた 場所に 暮らしていても 
いつも 心の何処か 奥の方で
同じ事を 同じ瞬間に 思ったり しているよ
シンクロニシティ

いつも 自分自身を貫いて 
やりたい事を 仕事にして
自分の 出来る事を 精一杯 表現してる
貴方の その生き様が 周りを照らす 道標になる
だから貴方は 貴方のまま その姿のまま
生き方を貫いて欲しい

貴方の放つ その独特の光を 求めて
貴方の周りには 仲間が沢山 集まってくる
そのままでいい
これからも 人生を 共に楽しもう
これからも 貴方のままで 生きて欲しい

僕は今後の人生でこの歌に何度励まされるのだろうか。とてもとても大きな支えを得た。何回も何回も、何回も何回も聴こう。


アラヤタツロウLIVE in トマム2014.11.15

最高でした。アラヤタツロウさんどうもありがとう。

そして、このLIVE作りを協力して下さったトマム支所長を始め住民の方々本当にどうもありがとうございました。イヤイライケレ!!

2014.11.14 Friday

LIVE準備

明日はいよいよLIVEです。



今日はLIVE用に照明を設置しに行きました。そう、手作りLIVEなのです。

我が家の写真撮影用のライトを2バイ材を使ってLIVE照明に。


角度調整も出来ます。


ムーディーな感じ。


エアーギターでステージ(畳み)に立ってみた。

ん、いい感じ。

明日は布でステージをさらにデコレーションします。楽しみだー。

2014.11.11 Tuesday

原発事故から逃れて

 原発事故に対してリアリティーの希薄なここ北海道。

原発事故から逃れて北海道に来た僕としてはそのことにドキドキするんです。

ということで同じ地区に住む原発事故避難者の方と一緒に《原発事故から逃れて》という自主講演をうちました。

顔見知りの範囲で行うとても小さな催しです。13名の方が来て下さいました。

トマムの役場での協力を得てプロジェクターをお借りして原発事故おける現状の話をさせていただきました。

ただし、「僕の言葉を全幅の信頼を持って聞かないで欲しい」という前置きを持って。

自分で考えたり調べたりするきっかけを作り、いざという時に自分自身で判断を下せるようになりたいというのがこの集まりの最大の目的。ただただ目の前の言説を信じてしまっていてはいざという時に自己判断できない人になっちゃうでしょ。(だいたい僕は原発事故の情報を集め続けるただの人だからねぇ)

そして小規模で行った理由は対話形式で行うため。質疑応答の時間が有るのではなく、常にどこからでも質問や疑問を投げかけてもらうこと。

で、僕を含め皆で考える。そういう空間。


こちらはもう一人の原発事故避難移住者の方。十人十色の避難があり、苦労があり、考えがある。そのヒトツの実例を語っていただきました。

対話が白熱し、本当はこの後に僕の避難体験の話も予定したいたのだけど時間が押してしまい今回はカット。もちろん白熱したのは良い事。

という事は、また次回もある・・・予定。

皆で考える事が守りを広げる事に繋がるじゃないかと。草の根運動です。

何卒、このブログの読者の皆様も原発事故というものが収束したとは考えずに対峙し続けてくださるように願います。
2014.11.09 Sunday

バタバタ

ここのところバタバタしておりました。

来週には原発事故の事を話し合うというイベントを主催しまっす。

大々的にやるわけじゃないので告知しませんが(小規模でやることに意味があるので)、〇〇トンの汚染水が〇〇ベクレル漏れた!!というニュース記事を見ても通常運転だなぁと、驚かなくなってきた昨今。感覚の麻痺と気持ちの風化が止まらんです。

それに伴い放射能に対し身体が丈夫になっているのならいいのだけど、こちとら身体も通常運転。

大人にとっちゃ自己責任でも構わないのだろうけど、大人が動かなきゃこの大理不尽に抗うすべのない子供らに申し訳ない。

先月、クライミング教室で子供らを連れ札幌に行った時、皆で設置されていたモニタリングポストを見た。

子供「これ、大丈夫なの?」

僕「その数値なら大丈夫だよ」

子供「スーハースーハー、空気がうめぇ~」

多少知識がなければそれが高いのか低いのかすら分からん。そんな馴染みの無い数値ですよ。

原発事故前の全国平均はおおよそ0.05μシーベル/h。

原発事故前に食べていた食品は平均0.2ベクレル/kgくらい。魚介類に至っては0.08ベクレル/kgくらいだったんだってよ。

内部被曝について、あやふやなまま100ベクレル/kgまで食ってもいいお墨付き。

従来の食べたものの500倍までは許容しろって言われても、な。

もはや専門性より直感を信じる方が吉な感じ。

正直難しいことは分からない。デマに惑わされたり、解釈できなかったりする。そりゃそうよ。

これって、もはや一人でムツムツ考えることじゃないじゃん。そんなわけで来週は地域住民で原発事故について対話をするイベントをやるんだなぁ。三人寄れば文殊の知恵というわけですよ。

全国各地にモニタリングポストが設置されるこの異様な時代をどうやって過ごそうか。今の子供達に将来恨まれるなんて御免だす。
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